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GILLIE CLUB

レクチャー付きオペラ鑑賞『蝶々夫人』

<ご案内>

“レクチャーを受けたから、本公演に行かなくてはいけない”
そんな事はありません!レクチャーのみ参加も、もちろん大歓迎です。

今シーズンの全10公演で実施、今回が4回目ですが、全てに参加することなどは多分難しいと思いますので、無理のないように、でも調整がつくのならぜひお出かけ下さい。

年間スケジュールが変更になっています。(済みません、渡辺の予定変更によるものです)ご自身でお考えになって、お決め下さい。

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今回は有名な『蝶々夫人』、蝶々夫人のオペラです。新国立劇場さんから届いた説明文をお読みください。

蝶々夫人
20世紀の始め、今からざーと100年前。明治30年代の日本。日清戦争に勝利し、中国東北部(旧満州)を巡ってロシアと一触即発の状況の中、軍備拡大を図り世界の列強入りを目論んでいた時代。

一方1900年のパリ万博で、川上音二郎、貞奴が評判をとるなど、ジャポニズムが定着し、その影響を受けたアール・ヌーボーが大流行。

正に世紀末の1900年にローマで初演した「トスカ」がロンドンで公演されることになり、イギリスに渡ったプッチーニは、同じ年にニューヨークで評判を取りロンドンに乗り込んできたベラスコの芝居「Madame Butterfly」を見て、いかにもオペラ的な題材にオペラ化を決心する。余談だが、数年後ベラスコの「The Girl of the GoldenWest」を「西部の娘」としてオペラ化することになる。

イタリアに戻ったプッチーニは「トスカ」と同じ台本作家のルイージ・イッリカ、ジョゼッペ・ジャコーザとリブレットつくりから始めた。彼自身も当時のイタリア大使夫人から日本の事情を聞いたり、日本音楽の楽譜を調べたり、レコードを聞いたり、日本の風俗習慣や宗教的儀式に関する資料を集めたり、パリ万博後ヨーロッパを巡業していた川上貞奴にも会って取材したらしい。

そして、1904年(明治37年)2月ミラノ・スカラ座で初日の幕が開いた。しかし、劇場はぶ〜〜〜の嵐!大きく手直しをして同年5月28日、イタリアのブレシアで改訂版の幕を開けた。その後、ロンドン、パリでの公演でも手直しを重ね、パリ版が現在の上演版である。

さて、新国立劇場の「蝶々夫人」演出は演劇の前芸術監督・栗山民也。

白を基調としたシンプルな舞台の下手(向かって左側)に大きな螺旋階段があり、あるシーンでは結婚の喜びで階段を下り、あるシーンでは絶望の淵を歩くように階段を上っていく。クライマックスでは上りきったところに不気味にはためく星条旗。蝶々さんの救いようのない悲しみを見事に表しています。

指揮は若手ながら、ローマ、ヴェローナ、ベルリンなどで高い評価を受けているカルロ・モンタナーロ。ピンカートンにはミラノ・スカラ座、ヴェローナ、トリノなどで活躍の若きテノール マッシミリア・ピサピア。そしてタイトル・ロールにはカリーナ・ババジャミアン。この読みにくい名前のソプラノはアルメニア生まれのディーバ。その実力だけでなく、美貌のソプラノとして、ヨーロッパのオペラハウスで認められている。今夏、オーストリアのスイス国境近くの避暑地、ブレゲンツにあるボーデン湖の湖上ステージで「トスカ」を歌った。そのシーンが007の最新作「慰めの報酬」で登場する予定。

蝶々夫人
作 曲: ジャコモ・プッチーニ
原 作: ジョン・ルーサー・ロングの小説「蝶々夫人」
をデイヴィッド・ベラスコが戯曲化したもの
台 本: ジャコーザ、イッリカ(イタリア語)
初 演: 1904年(明治37年)・ミラノ・スカラ座

ジョン・ルーサー・ロング(John Luther Long、1861年 - 1927年):
アメリカの弁護士、小説家。姉のサラ・ジェーン・コレルが宣教師の妻として日本に滞在した際に聞いた話を基に、短編小説『マダム・バタフライ』(MadameButterfly)を書いた。これ以外にも日本を舞台に小説を書いている。

デーヴィッド・ベラスコ(David Belasco, 1853年 - 1931年):
アメリカの劇作家、演出家、美術デザイナー。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍。原題:Madame Butterflyを1900年戯曲として初演。西部の娘』(原題The Girlof the Golden West, 1905年戯曲初演)の原作者としても有名。ベラスコは、ブロードウェイに「ベラスコ劇場」と名付けた専用劇場を有し,既存の劇場を1910年に買収し改装した劇場(West 44thSt. bet 6 &7Ave.)は今日でも現役で、ティファニー製の照明や天井パネルなど往時の面影を残している。

オペラ初演(1904年):20世紀初頭の日本は
・日清戦争に勝利し、中国東北部(旧満州)を巡ってロシアと一触即発の状況
⇒世界の列強入りを目論んでいた時代。
・1900年のパリ万博で、川上音二郎、貞奴が評判をとるなど、ジャポニズムが定着し、その影響を受けたアール・ヌーボーが大流行。政治面や文化面で日本が認識されてきていたが、多くのヨーローッパ人からはファー イーストに位置する未知の国だっただろう。

オペラ化
プッチーニはファーイーストに位置する国、日本を知っていただろうか?
「トスカ」がイギリスで初演されるときロンドンに招かれ、D.ベラスコの「蝶々夫人」を観て感激した。このミステリアスな国を舞台にした悲劇のオペラ化を計画した。ミラノに戻ると、『トスカ』の台本作家イルリカとジャコーザとともに3人体制で、オペラの制作を開始した。当時のイタリア大使夫人から日本の事情を聞いたり、日本音楽の楽譜を調べたり、レコードを聞いたり、日本の風俗習慣や宗教的儀式に関する資料を集めたらしい。パリ万博後ヨーロッパを巡業していた川上貞奴にも会ったらしい。

初演はブーの嵐
1904年2月17日ミラノ・スカラ座での初演は不評であった。失敗の理由はいくつか指摘される。第2幕が1時間半をかかるなど上演時間が長すぎたこと、文化の異なる未知の国日本を題材にした作品で、観客が違和感を覚えた、などが原因らしい。

大成功の再演
プッチーニは、すぐさま改稿に取りかかった。改訂版の上演は3ヶ月後の同年5月28日、イタリアのブレシアで行われ、大成功を収めた。その後、ロンドン、パリ公演とプッチーニは何度も改訂が重ね、1906年のパリ公演のために用意された第6版が決定版となっている。プッチーニの音楽の特色が現れた作品であり、後期ロマン派イタリアオペラを代表する演目の一つとなっている。

しかし
ストーリーはひょっとすると戦後の横須賀辺りでもあったかもしれない、現地妻の悲劇。日本人としては許せない!

あらすじ
第1幕: 1900年頃の長崎。
アメリカ海軍の戦艦アブラハム・リンカーン所属の海軍士官ピンカートン(Pinkerton)はゴロー(Goro)の斡旋で15歳の少女と結婚することになった。ピンカートンを、丘の上の新居に案内し、下女のスズキ(Suzuki)や下男を紹介して機嫌を取っている。そこへ駐長崎領事のシャープレス(Sharpless)がやってくる。ピンカートンはここでアリア「ヤンキーは世界のどこへ行っても」を歌う。シャープレスは優しい心の男であり、ゴローが紹介した少女がこの結婚が永久の縁と堅く信じていることを思い出し、戸惑う。だがピンカートンは、この結婚も一時の愛だとシャープレスの危惧を一笑に付すのであった。そこへ蝶々さん(Cio-Cio-San)が芸者仲間とともに現れる。このとき「さあ一足よ」を歌う。シャープレスが可憐なこの15歳の少女に身の上を問うと、実家は大村の没落士族の家であると答え、父からもらった短刀の入った箱を披露する。それにより、座は一時しらけてしまうが、ゴローによって結婚式の準備が進められる。蝶々さんは前日にキリスト教に改宗したことを告げる。 三々九度など一連の結婚の儀式が済んだ頃、蝶々さんの叔父のボンゾ(Bonze)が現れる。彼は蝶々さんの改宗を怒って詰問するが、ピンカートンに追い払われる。うろたえる蝶々さんを慰めるピンカートン。2人はここで愛の二重唱「可愛がってくださいね」を歌う。

第2幕: 3年後のふたりの家。
1場: ピンカートンは任務が終わり、アメリカ合衆国に帰ってしまっていた。彼は蝶々さんに「コマドリが巣を作る頃には帰ってくる」と約束していた。蝶々さんの忠実な下女スズキは彼がそれらを反故にしたのではと疑うが、ピンカートンを信頼する蝶々さんにとがめられる。 きっと夫は帰ってくると信じてやまぬ蝶々さんは、ここでアリア「ある晴れた日に」を歌う。その頃、シャープレスはピンカートンがアメリカ本国でアメリカ人女性と結婚したことを本人の代わりに蝶々さんに告げることになっていた。しかし蝶々さんの夫への信頼を見た彼は、それを壊すようなことはできなかった。蝶々さんはピンカートンの手紙を見て喜ぶ。そこへゴローが裕福な紳士ヤマドリ (Prince Yamadori)を連れてやってくる。ヤマドリは蝶々さんに結婚を申し出るが、夫からの手紙に喜んでいる蝶々さんはそれを拒否する。ゴローは蝶々さんが離婚された妻であると説明しようとしたが、蝶々さんは激しく断る。「それは日本の習慣に過ぎない。今の私はアメリカ人である」と。ゴローとヤマドリが すごすごと帰ってしまうと、シャープレスと蝶々さんは「友よ、見つけて」を歌う。そして、シャープレスが、ピンカートンが帰ってこなければどうするのか、と蝶々さんに問うと、芸者に戻るか、自刃するしかないと答え、困惑したシャー プレスが「ヤマドリの申し出を受けてはどうか」と勧めると、「あなたまでがそんなことを言うのか」と怒り、シャープレスに彼女とピンカートンとの子供を見せ、「わが夫がこの子を忘れようか」と言い放ち、「子供のために芸者に戻って恥を晒すよりは死を選ぶ」と泣き叫ぶ。シャープレスはいたたまれずに去っていく。スズキは蝶々さんの悪評を拡げようとするゴローを捕まえる。蝶々さんにとって悪い話が次々と届く中、遠くにピンカートンの所属艦アブラハム・リンカーンが兵員の到来を礼砲で告げた。それを望遠鏡で見つけた蝶々さんとスズキは喜び、家を花で飾り、二重唱「桜の枝を揺さぶって」を歌う。そして自分達と子供を盛装させ、障子を通して、ピンカートンの帰りを凝視する。夜が過ぎ、長いオーケストラとのハミングコーラスのパッセージが演奏される中、スズキと子供は眠ってしまう。蝶々さんは決して後悔していなかった。

2場: 夜が明けた蝶々さんの家。蝶々さんはまんじりともせずに一夜を過ごし。スズキは目覚め、子供を蝶々さんのもとへ連れて行く。スズキは蝶々さんに休むよう説き伏せる。 ピンカートンとシャープレスが登場し、スズキに恐るべき真実を告げる。しかし、ピンカートンは罪悪感によって深く打ちひしがれ、自身を恥じていた。余りに卑劣なことで自分の口から蝶々さんに告げることはできず、彼は義務を放り出して去ってしまう。このときピンカートンはアリア「さらば愛の巣」を歌う。 スズキは、はじめは猛烈に怒っていたが、シャープレスから、蝶々さんが子供を渡してくれれば、ピンカートンのアメリカ人妻がその子を養育するということを聞き、説き伏せられてしまう。蝶々さんはピンカートンと会えると思い、目を輝かせて登場する。しかしピンカートンの代わりに彼のアメリカでの妻ケイト(Kate Pinkerton)と対面させられる。蝶々さんは感傷的な穏やかさをたたえつつ真実を受け止め、礼儀正しくケイトを祝福した。これで平穏が見いだされる であろうと。それから、ケイトやシャープレスにお辞儀をし、子供を渡すことを約束する。そしてスズキに家の障子を全部閉めさせ一人きりになる。障子越しに侍るスズキに対しては、「子供を外で遊ばせるように」と命じて下がらせる。蝶々さんは仏壇の前に座り、父の遺品の刀を取り出し、「名誉のために生けること、かなわざりし時は、名誉のために死なん(Cononor muore chi non puo serbar vita con onore.)」の銘を読み自刃しようとするが、そこへ子供が走ってくる。蝶々さんは子供を抱きしめアリア「さよなら坊や」を歌い、刀を喉に突き立てる。今際の際でも子供に手を伸ばす蝶々さん。そこへ異変を聞きつけたピンカートンとシャープレスが戻ってくるが、とき既に遅く、蝶々さんは息絶える。

当時のジャポニズムの流行も反映してかプッチーニは日本の音楽を収集し、「宮さん 宮さん」「さくら さくら」「お江戸日本橋」「君が代」「越後獅子」「かっぽれ(豊年節)」「推量節」を使用している。今日、日本人に好まれるオペラの一つにしている要因となっている。 この「引用、転用」は後に「トゥーランドット」でも行われる。

キャスト
【蝶々夫人】カリーネ・ババジャニアン
【ピンカートン】マッシミリアーノ・ピサピア
【シャープレス】アレス・イェニス
【スズキ】大林 智子
【ゴロー】松浦 健
【ボンゾ】島村 武男
【神官】龍 進一郎
【ヤマドリ】工藤 博
【ケート】山下牧子

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

<参考サイト>

今回公演『蝶々夫人』の案内

蝶々夫人- Wikipedia

新国立劇場トップ

オペラ入門

<実施概要>

【レクチャー付きオペラ鑑賞『蝶々夫人』実施概要】
会場はレクチャー・本公演、共に新国立劇場(京王新線 初台下車 直結)です。
渋谷区本町1丁目1番1号
TEL:03-5351-3011
http://www.nntt.jac.go.jp/about/index.html

●レクチャー付きオペラ鑑賞『蝶々夫人』

<レクチャー>
○日時:12月16日(火)19:00〜22:00
18:30 受付開始
19:00 レクチャー開始
20:30 終了 交流会会場に移動
22:00 交流会終了
○会場:新国立劇場 5階 情報センター
○講師:飯島 健氏(新国立劇場営業部 主幹)
○会費:無料
終了後 軽食&ドリンクで交流会を実施します。
(別会費・自由参加)
○募集人数:15名(ギリークラブ会員優先) ○締切:12月10日

・このオペラはどのような作品なのか、
・どのようなストーリーか
・登場人物と役柄
・ハイライトシーンを過去作品のビデオで鑑賞
・見どころ、聞きどころ
・オペラの基本
などを新国立劇場のレクチャールームで実施します。

もちろん、ギリークラブは交流会ですから、新国立劇場のオペラ担当者に何でも聞ける場で、参加者同士が楽しみながら交流する会です。

レクチャーも交流会も「超初心者向け」で実施しますので、どのような素朴な疑問もOK、恥ずかしい事はありません。オペラは贅沢なエンタテインメント、高価な公演が多いので、特に初心者はじっくり選んで鑑賞したいものです。

<本公演鑑賞&交流>
○日時:1月21日(水)19:00開演
○会場:新国立劇場 オペラ劇場
○会費:ギリークラブメンバー 27,000円 ビジター29,000円
(S席のチケット、終演後の交流会費)
○交流会のゲスト:飯島 健氏(新国立劇場営業部 主幹)他
○募集人数:申込先着順 15名(ギリークラブ会員優先)
○締切:12月19日(金)
※締め切り前でも満員の際には閉め切りとなります。
※チケット確保の都合上、申し込み後のキャンセル不可です。
ご理解とご協力をお願いします。

わくわくする気持ちで劇場に向い、ロビーでのざわめき、華やかな服装でいらしているお客様を見たり、グラス1杯のお酒で自分の気持ちを和らげたり、それぞれの方が楽しみながらオペラ鑑賞して頂きます。

そして、終演後がギリークラブらしさです。観劇後の感激、と私は呼んでいますが、同じオペラを鑑賞した方同士の交流会です。

内容に詳しい劇場の方も加わって頂きますので、客席で感じたこと、疑問点などを聞きながら楽しく過ごします。お一人で参加された方が、すぐに仲良くなる場でもあります。

オペラには興味があるけれど、仲間がいない、そんな方が多いのも事実、ここで同好の方と出会って下さい。完全会員制のギリークラブ、安心してお話できます。

高価な入場料で、オペラは金持ち文化イメージが強いのは事実、歌手や裏方、関係者の数、舞台装置など現実を知ると、『ああ、そうなのか』と納得しますが、絶対額はやはり・・です。

ただ、世界の知識階級の方と同じ話題に乗るために、初歩の初歩だけ、常識としてのオペラ学習も必要です。教養として、楽しみとして、オペラ入門の場がこのシリーズです。

どんなきっかけで入っても、オペラは本当に楽しい!それがここ2,3年詰めて観劇している感想です。

人生のある時期、多くのオペラ作品に集中して接すると、その人の人生がますます充実したものになると思います。ギリークラブのオペラシリーズはそんな場にご案内します。

<2008〜2009シーズン レクチャー付きオペラ鑑賞、予定>

日時は予定です。変更の可能性もあります。

●トゥーランドット(終了)
レクチャー
9月11日(木)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 10月15日(水)

●リゴレット(終了)
レクチャー   9月26日(金)
公演鑑賞&交流 10月31日(金)

●ドン・ジョヴァンニ(公演申込受付中)
レクチャー   11月18日(火)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 12月5日(金)18:30開演

●蝶々夫人(今回案内)
レクチャー   12月16日(火)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 1月21日(水)19:00開演

●こうもり
レクチャー   1月7日(水)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 1月29日(木)18:30開演

●ニーベルングの指環 序夜 ラインの黄金
レクチャー   2月21日(土)13:00〜17:00
(ワルキューレと2回分を同日にレクチャー実施)
公演鑑賞&交流
  ・ラインの黄金 3月18日(水)18:30開演
  ・ワルキューレ 4月12日(日)14:00開演

●ムツェンスク郡のマクベス夫人
レクチャー   4月10日(金)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 5月7日(木)18:30開演

●チェネレントラ
レクチャー   5月11日(月)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 6月10日(水)18:30開演

●修善寺物語
レクチャー   5月26日(火)19:00〜22:00
公演鑑賞&交流 6月26日(金)18:30開演